8.研究施設の現状と将来計画
共同利用設備を充実させ,大学等の共同利用研究者の研究支援を行うことが大学共同利用機関の主要な役目のひと つである。1975年の研究所発足当初から装置開発室と機器センターを設置し,1976年に化学試料室,1977年に 極低温センターを設置した。さらに1979年には電子計算機センターに大型計算機を導入し,1983年から極端紫外 光実験施設(U V S OR 施設)で放射光源装置が運転を開始した。これらの施設では単に設備を設置するだけではなく, 共同利用支援業務を滞りなく行うために技術職員を充実させた。また,高度な研究を進めるためには研究開発が不可 欠であり,研究職員も配置した。
流動性の高い分子科学研究所の場合,着任後の研究立ち上げスピードの速さが重要である。また,各研究グループ サイズが小さいことも補う必要がある。このような観点でも施設を充実させることが重要である。それによって,転 出後もこれらの施設の共同利用によって研究のアクティビティを維持することが可能である。研究者が開発した優れ た装置が転出後,施設の管理となって,さらに広く共同利用されるケースもある。このように,研究所として見た場合, 施設の充実は研究職員が流動していくシステムそのものを支援することになる。従って,施設の継続的な運営が重要 であり,毎年,所全体に定員削減,人件費削減の要請があっても施設の技術職員については手を付けず技術の向上に 努め,絶えず技術レベルの高い人材を確保するようにした。技術職員が研究所外に出かけその高い技術力で研究支援 するなどの技術交流を可能とした。さらに長期戦略が必要な施設には教授を置くことで,現在は,施設所属の研究職 員であっても流動性を保てる方向になっている。
現在,極端紫外光研究施設(U V S OR 施設),計算科学研究センター(組織的には岡崎共通研究施設のひとつ)が大 型設備を有し,計画的に高度化,更新を行うことで世界的にトップクラスの共同利用を実施している。国内外には超 大型の放射光施設やスーパーコンピュータ拠点があるが,それらとの連携を図りつつ,差別化・役割分担を行い,機 動性を活かした特徴ある共同利用が進んでいる。分子制御レーザー開発研究センター(1997年設置),分子スケール ナノサイエンスセンター(2002年設置),機器センター(2007年に旧機器センター,旧極低温センター,旧化学試 料室の機能を再構築して設置)は本来の共同利用支援業務を行う一方で,それぞれ最先端の光の創成を目指したネッ トワーク研究拠点事業,ナノテクノロジー・ネットワーク事業,大学連携研究設備ネットワーク事業をそれぞれ受託し, 特定分野の重点的な強化,大学等の研究を支えるシステム作りを行ってきた。また,装置開発室は高度な特殊装置・ コンポーネント開発にその高い技術力を活かすべく,研究所外からの依頼に対応することで共同利用施設としての役 目を果たしている。
(大峯 巖)
8-1 極端紫外光研究施設(UV S O R )
U V S O R - I I 光源加速器は2003年の高度化(低エミッタンス化,直線部増強)とそれに引き続くアンジュレータの 整備などにより,1.GeV 以下の低エネルギー放射光リングとしては世界的にも最高レベルの輝度を誇る光源となった。 トップアップ運転(一定ビーム強度運転)導入に向けての整備も順調に進み,2010年度よりトップアップ運転での 定常的な共同利用を開始した。
施設の将来像については, (a). 既存施設の更なる高度化 (b). 新しい施設の建設
の2つの方向で考えてきたが,幸い,前者について予算化され2011−2012年に実現できる見通しとなった。その 具体的な内容は,U V S O R - I I 蓄積リングで唯一建設以来手つかずであった偏向電磁石を,ビーム収束作用を持つ複合 機能型に交換することでエミッタンスを現在の 27.nm-rad から 15.nm-rad 程度まで下げ,さらに高輝度化を図るもので ある。また,アンジュレータ1台を増設し,合計6台のアンジュレータを稼働させる。新しいアンジュレータ用のビー ムラインには顕微分光装置を組み込み,UV S OR の高輝度特性を活かした研究を展開する。
上記の高度化により,一層の高度な共同利用研究を推進しつつ,次期計画の具体化に向けた検討を進める。今のと ころ,
i). 1.5–2.5GeV 級新第3世代リング ii). 1GeV 級超高輝度リング
iii). ライナックによる軟X線自由電子レーザー iv). 小型エネルギー回収型ライナック
など様々な可能性が考えられる。それぞれの検討を進めながら,他施設の動向なども考慮しつつ,計画を練ることに なる。i ) は比較的低エネルギーで汎用性の高い高輝度光源の実現を目指すものであり,S P ri ng -8 では十分に対応しき れない V U V軟X線領域での高輝度光源を実現することで,我が国では S P ri ng -8 以外に真に第3世代光源と呼べる光 源がない状況を打破しようとするものである。i i ) は汎用性よりも光源性能をより重視し V U V領域での超高輝度光源 を実現しようとするものである。i i i ) は高輝度ライナックによる軟X線領域でのシングルパス型自由電子レーザーの 実現を目指すものである。リング型光源と相補的な光源となるはずである。i v ) はリング型光源の限界を打ち破る光 源性能を実現し,且つ,リング型光源の汎用性も有する施設の実現を目指すものである。超電導加速技術などの高度 な加速器技術が必要となるため,今後の加速器技術開発の進捗を慎重に見守る必要がある。
8-2 分子スケールナノサイエンスセンター
自然科学研究機構・分子科学研究所・分子スケールナノサイエンスセンター規則第2条に,ナノセンターの設置目的 として「センターは,原子・分子レベルでの物質の構造及び機能の解明と制御,新しい機能を備えたナノ構造体の開発 及びその電子物性の解明を行い,これらが示す物理的・化学的性質を体系化した新しい科学を展開するとともに,ナノ サイエンス研究に必要な研究設備の管理を行い,これらを研究所内外の研究者の利用に供し緊密な連携協力の下で共同 研究等を推進することを目的とする」との記載がある。即ち,ナノセンターは「ナノサイエンス研究を行う」機能と,「ナ ノサイエンス研究に必要な研究設備の管理と共同研究の推進」という機能が要求されている。
平成19年度からは,分子研の組織改編に伴いこれまでのナノセンターの機能が(新)分子スケールナノサイエンス センターと(新)機器センターに分かれた。ヘリウムや窒素の液化機・供給装置を含め汎用的な装置類およびそれらの 装置の責任者であった技術職員は機器センターに所属替えとなった。平成19年度から,センター長は物質分子科学研 究領域・電子構造研究部門の横山利彦教授が併任で務め,現在の専任教員は,平本昌宏教授,鈴木敏泰准教授,永田央 准教授,櫻井英博准教授の4名である。
共同研究支援に関しては,分子科学研究所が,平成19年度から文部科学省・先端研究施設共用イノベーション創出 事業の一環であるナノテクノロジー・ネットワークプロジェクトを受託しており,ナノセンターが業務としてこれを運 営している。本プロジェクトを遂行するため,併任教員を配置している。ナノ計測研究部門には,横山利彦教授,西信 之教授,岡本裕巳教授,永山國昭教授(岡崎統合バイオサイエンスセンター),ナノ構造研究部門には,加藤晃一教授(岡 崎統合バイオサイエンスセンター),永瀬茂教授,唯美津木准教授が併任し,ナノネットプロジェクト業務を実施してい る。また,920MHz.NMR での温度可変固体プローブ開発を目的として,西村勝之准教授が併任している。ナノセンター が管理する共通機器には,920MHz.NMR ,300kV分析透過電子顕微鏡,走査電子顕微鏡,集束イオンビーム加工機,ク リーンルームがあり,クリーンルームを除いてはナノネットを通して共同利用(協力研究と施設利用)に供されている。 また,U V S OR - I I に設置された超伝導磁石高磁場極低温X線磁気円二色性測定装置(電子構造研究部門所有)は利用者 が多く,昨年度から UV S OR との連携(B L 4B を一定時間ナノセンターのビームタイムとして配分)により,ナノネット を通して共通機器的に運用している。ナノネットの内容や成果に関しては 5-5 に記述する。
センター運営委員会は,センター長を委員長とし,専任教授・准教授全員,センター以外の教授・准教授若干名(併 任のセンター教員を含む)ならびに外部委員からなる。平成22年度の外部委員は,夛田博一大阪大学大学院基礎工学 研究科教授,山口芳樹理化学研究所チームリーダー,馬場嘉信名古屋大学大学院工学研究科教授,日原岳彦名古屋工業 大学大学院工学研究科准教授,神谷格豊田工業大学教授であった。超高磁場 N M R に関する現状と将来,ナノネットプ ロジェクトに関して評価や提言をいただいている。
超高磁場 N M R は,平成18年度まで実施されていたナノサイエンス支援において設置された。溶液から固体試料の ナノ構造精密研究を実現する世界最高かつ唯一の装置である。本機の機能を縦横に活用して,タンパク(中でも膜タン パク糖タンパクのような難結晶性複合タンパク),固体ナノ触媒,有機−無機複合コンポジット,C N T及びフラーレン 類縁体の精密構造研究,海洋性巨大天然分子などのナノサイズ分子構造体の高次構造や動的挙動の精密解析などに対し て,ナノネットを通して共同利用に供されている。所内でも,岡崎統合バイオサイエンスセンターの加藤晃一教授のグルー プが精力的に本装置を活用したタンパク質構造解析研究を遂行しており,さらに,岡崎統合バイオサイエンスセンター の桑島邦博教授のグループもパワーユーザーであり,所内外とも充実した先端利用がなされている。また,安定な共同
利用運用に加えて,本年度は,新たに西村准教授が温度可変固体プローブを開発し,共同利用供与を行える段階である。 920M H z. N M R と同じ環境で作動する予備装置として 600M H z 溶液固体 N M R 装置が機器センターに納入され,来年度 から公開される。これにより 920MHz.NMR がさらに有効に利用できると期待できる。
やや中期・長期的な事業展開として,第一に N M R 高度化をさらに推進する。予備測定を実施するための 600M H z 溶 液固体 NMR 装置の導入が実現できた。920MHz.NMR を最大限有効に活用するには,同じ環境で作動する予備装置を利 用できることが極めて重要である。また,現状では
1
H と
15
N の 2 核種しか測定できないので,核種の拡張を目的とし てプローブを開発する。これらの高度化を実現するため,また,分子研 N M R をコアとした全国研究ネットワークを形 成して,外部資金獲得を目指す。
平成22年度には協力研究 32 件,施設利用 22 件(1月13日現在)を採択し,うち協力研究 14 件,施設利用 12 件は 実施した(来所予定確定分を含む)。所内利用も 51 件に上っている(1月13日現在)。代表的な成果を以下に挙げる。
1).最高周期の鉛を骨格にもつ芳香族化合物の初めての合成
この研究成果は埼玉大学の斎藤雅一教授らによって国際誌Science. (2010) に発表されたもので,ジリチオプルンボー ルを合成し,分子研・永瀬教授らとの大規模量子化学計算支援を受けて,炭素π電子系骨格に鉛を有する初めての芳香 族化合物であることを明らかにした。Nature 誌,Chemistry World,Chemistry&Industry でも紹介され,国内でも数社によ
る新聞報道があった。
2).有機物宇宙微粒子(ダスト)類似物の再現合成
東北大学の木村勇気助教らは,有機物宇宙微粒子(ダスト)の類似物の再現合成に初めて成功し,未知であったグラ ファイトウィスカーと空洞炭素質粒子の生成過程を提案した。前者は金属フリーのグラファイトが触媒となるガスとの 反応,後者は宇宙線の照射による原子空孔の生成,拡散,集合過程が鍵となるものである。ナノセンターの透過分析電 子顕微鏡が利用された。本成果は国際誌Nanoscience and Nanotechnology Letters.(2010) と Astrophysical Journal Letters.(2件, 2009,2010) に発表され,NA SAのNews & Features でも紹介された。
3).高平面性高共役ポルフィリン 5 量体の合成
愛媛大学の宇野英満教授らは,分子研・永田准教授らとの共同研究を通し,光電変換材料や分子ワイヤー,分子ドッ トなどの有機ナノ電子材料として注目されている,高度に共役拡張したオリゴポルフィリンのうち,平面性の高い高共 役ポルフィリン 5 量体を高純度で得ることに成功し,この物質の電子状態を解明した。この成果は国際誌Chem. –Eur. J.. (2010) に報告された。
4).先天的血液凝固因子合併欠乏症の原因の MC F D-2 と E R GIC -53 複合体の立体構造
名古屋市立大学の水島恒裕准教授らは,先天的な血液凝固因子合併欠乏症の原因遺伝子産物である M C F D -2 および E R G I C -53 の両者の複合体の立体構造を明らかにすることにより,両者が協調して血液凝固因子を運ぶモデルを提唱し た。この研究では超高磁場 NMR が利用され,成果は国際誌Proc. Natl. Acad. Sci. USA.(2010) に発表された。
8-3 分子制御レーザー開発研究センター
8-3-1 経緯と現状,将来構想
分子制御レーザー開発研究センター(以後「レーザーセンター」)は,旧機器センターからの改組拡充によって平成9 年4月に設立された。以降,平成18年度までの10年間,分子位相制御レーザー開発研究部,放射光同期レーザー開発 研究部,特殊波長レーザー開発研究部の3研究部において所内課題研究及び調査研究を行う他,多数の共同利用機器, 小型貸出機器を維持管理し,利用者の便に供してきた。各研究部には助教授及び助手が各1名配置され,またセンター 共通の技術支援は技術課の3名の技術職員が行ってきた。放射光同期レーザー開発研究部は,分子研 U V S O R との同期 実験に向けた基礎的レーザー光学技術の開発の他,大出力紫外パルスレーザーやコヒーレントテラヘルツ光源の開発な どの成果を挙げた。特殊波長レーザー開発研究部は,分子科学の新たな展開を可能とする波長の可変な特殊波長(特に 赤外域)レーザーの開発の他,マイクロチップレーザー光源等の開発を行い,産業界からも注目される成果を挙げてきた。 分子位相制御レーザー開発研究部は,分子制御のための時間的特性を制御したレーザーの開発と反応制御実験を目的と して設置され活動を行った。
平成18年度には分子研の研究系・施設の組織改編へ向けた議論が行われたが,この中で,レーザーセンターのあり方 に強く関連する事柄は以下の2点であった。第一に,レーザーや放射光を重要な研究手段とし,光と物質との相互作用 に基づく分子科学を展開する研究領域として新たに光分子科学研究領域が設けられることになった。従来はこの研究領 域の研究が,主に分子構造,電子構造,極端紫外光科学の各研究系と,極端紫外光研究施設とレーザーセンターとに別々 に所属する研究グループによって行われてきた。しかし,この組織形態は,多くの共通した概念や方法論を基本とする 研究グループを縦割りに分断し,研究者間の情報の共有や研究活動における日常の議論を阻害する要因となっていた。 一方,レーザー光源を用いた研究グループは,17年度から始まった「エクストリーム・フォトニクス」のプログラムに より,既に当時,組織横断的なつながりを持つ機会が増えていた。そこで,この新研究領域を創設することにより,放射 光関連の研究グループとの間の壁も取り払い,本研究所における光分子科学研究をさらに活性化することを目指したの である。第二の点は機器センターの再設置であった。本研究所には以前,同センターが設置されていたが,その後,極 低温センターと化学試料室と共に廃止され,レーザーセンターと分子物質開発研究センターが設置され,後者は更に分 子スケールナノサイエンスセンターへと改組された。しかし,共通機器を一括して管理運営し,所内外の研究者の共同 利用を促進する必要が改めて認識され機器センターが再度設置されることとなった。これに伴って,レーザーセンターが 管理運営していた共通機器の大部分が機器センターに移管されることになった。
この措置により,レーザーセンターは従来の共同利用に関する業務を大幅に圧縮することができ,センターとしての活 動の重点を開発研究に移すことが可能となった。そこで改組後のレーザーセンターでは,光分子科学研究領域の研究グ ループと密接な連携をとりながら,分子研におけるレーザー関連光分子科学の開発研究の中心として機能することを重 要なミッションと考えることとなった。ただし,光分子科学研究領域の研究グループとレーザーセンターの役割の違いを 認識しておく必要がある。光分子科学研究領域の各研究グループではそれぞれの興味のもとで光分子科学の研究分野を 開拓し,先端的研究を展開するのに対して,レーザーセンターのミッションは,光分子科学の先端的研究とその将来的な 発展に必要な,光源を含む装置,方法論の開発,及びそれらの技術の蓄積に重点がおかれるべきである。光分子科学研 究領域とレーザーセンターのインタープレイにより生まれた技術や方法論を蓄積するだけではなく,開発された手法,装 置や部品を所内外に提供・共同利用に供する点で,研究領域における各グループの研究活動との差が存在する。
ただし,技術や方法論の開発段階においては,各グループの研究活動とレーザーセンターの活動を明瞭に区別するこ とは,しばしば困難である。従って,レーザーセンターと研究グループの人的な相互乗り入れは不可欠であり,平成19
年度の組織再編に際しては,光分子科学研究領域及び U V S O R に属する数名の教授・准教授がレーザーセンターに併任 する形で運営することとなった。このような組織で,光分子科学の新分野を切り拓くための装置,方法論の開発と技術蓄 積を行なう開発研究施設という位置づけで,レーザーセンターを運営している。開発された装置や方法論の技術的蓄積 も既に始まっており,今後,所内外の分子科学者との先端的な共同研究を遂行するためのリソースとして提供することが 望まれる。
平成22年度現在,レーザーセンターは以下の3つの研究部門より成り立っている。
(1). 先端レーザー開発研究部門;平等拓範准教授(専任),藤.貴夫准教授(専任),加藤政博教授(UV SOR より併任) (2). 超高速コヒーレント制御研究部門;大森賢治教授(光分子科学研究領域より併任)
(3). 極限精密光計測研究部門;岡本裕巳教授,大島康裕教授(以上,光分子科学研究領域より併任)
それぞれの部門の任務は,(1) テラヘルツから軟X線にいたる先端光源の開発;(2) 主に高出力超短パルスレーザーを用い た量子制御法の開発;(3) 高空間分解および高エネルギー分解分光法の開発などである。レーザー光源の開発から新たな スペクトロスコピー,マイクロスコピー,制御法に至る統合的な研究手法を開発することを目的としている。これらの開 発研究により,他に類を見ない装置や方法論を創出して分子科学研究の重要な柱として寄与し,分子科学研究所とコミュ ニティの新たな共同利用の機会を開拓することが求められる。また,技術職員が積極的にこれらの研究開発に参加する ことによって,新たに開発された装置や方法論をセンターに蓄積し,継承していくための原動力として活躍する事が,セ ンターのミッションに照らして重要な点である。その意味で,現在1名しか配置されていない技術職員ポストが増員され ることが強く望まれる。
一方,先端レーザー開発研究部門への加藤教授(UV S OR 所属)の参加は,レーザーセンターと UV S OR . との連携によ る新しい研究分野の創出を目指すものである。平成22年度は実際に,レーザーセンターと U V S O R の現場の研究者・技 術職員が,レーザーと相対論的電子ビームを組み合わせたコヒーレント放射光源の開発に関して議論を重ね,実験に取 りかかっている。今後,先鋭化するレーザー光源を用いた観測制御技術と放射光を用いた研究との連携がさらに進むこ とが期待され,それにより光分子科学の新たな領域を創出する正のフィードバックも加速されるであろう。将来的には, レーザーセンターと UV SOR .を包括した,研究センターの設立も視野に入れた検討を行う必要も出てくると考えている。
8-3-2 共同研究の状況
平成22年度は,下記のような共同研究とその成果があった。
1).「マイクロチップレーザーのモードロック化に関する研究」
この研究で用いた全セラミック Y b: Y A G マイクロチップレーザーは,分子研で研究開発したもので,世界最高の出力 密度が得られている。静岡大学の杉田篤史准教授は,この特性に着目し,高出力モードロック発振器の可能性を探究す る目的で共同研究を行っている。研究成果はすでに一部発表済みで,更に新たな成果が出次第,改めて論文に投稿する 予定である。
2).「レーザー誘起ブレイクダウンを用いた着火に関する研究」
この研究で用いたジャイアントパルス N d: Y A G マイクロチップレーザーは,分子研で研究開発したもので世界で最も 高輝度なマイクロチップレーザーとされている。大阪大学の赤松史光教授らは,これによるレーザー誘起ブレイクダウン が,従来報告に比べ1桁以上小さなエネルギーで可能であることに着目し,本共同研究を実施している。これにかかる 研究成果は,近く論文に投稿される予定である。
8-4 機器センター
機器センターは,汎用機器の維持・管理・運用と所内外の施設利用者への技術支援を主な業務としている。この他, 研究所内外の共同利用者と協力して,機器センターの機器を利用した特色ある測定装置の開発とその共同利用も行って いる。機器センターでは化学分析機器,物性測定機器,分光計測機器,液体窒素・ヘリウム等の寒剤供給装置と,大別 して4つ機器の維持・管理を行っている。また,機器センター所有の多くの機器を大学連携研究設備ネットワークに公 開しつつ,この事業の実務を担当している。機器センターにはセンター長(併任)のほかに9名の専任技術職員(化学 分析機器2名,物性測定機器2名,分光計測機器2名,寒剤装置2名,研究設備ネットワーク1名)と2名の非常勤事 務職員(機器センター1名,大学連携研究設備ネットワーク1名)が配置されている。技術職員が担当する機器は厳密 に分担が区分けされているわけではなく,大学連携研究設備ネットワークの運用システムの支援にも参加し,分子スケー ルナノサイエンスセンターの保有する 920. M H z. N M R や高分解能電子顕微鏡の維持管理にも参加している。平成19年 4月に発足した機器センターは発足後4年目を終了しようとしている。平成21年度から始まった実験棟耐震工事にとも なって,機器センターの機器も一次的な移動を余儀なくされたが,平成23年3月の工事終了とともに新たな配置を考え る時期にきている。
8-4-1 設備
山手地区には,N M R ,質量分析装置,元素分析装置,粉末X線回折装置,円二色性分光装置などの化学分析機器が 配置してある。平成20年度末に導入した生体試料用の示差走査型カロリメータおよび等温滴定型カロリメータは一年 間の所内利用期間を終了して,平成22年4月より研究設備ネットワークの予約システムを通して所外にも公開した。所 内利用が主であるが,所外からも 8 件の施設利用の申請があった。また,マトリックス支援イオン化飛行時間型質量分 析装置は購入後11年が経過しているため,制御用コンピューターの更新とレーザーの交換を行った。この他,平成21 年度末に納入された 600. M H z. N M R は研究設備ネットワークの予約システムを利用して,平成22年10月から所内公開 した。平成23年4月から所外にも公開する予定である。また,500. MHz. NMR は購入後15年を経ている。平成22年度 には総研大の予算で 400.MHz.NMR が導入されることが決まったので,保守を機器センターが担当する予定である。
明大寺地区には,E S R ,S Q U I D 磁束計,X線回折装置,熱分析装置などの汎用物性測定装置を配置している。平成 22年度は W -band. E S R の共振器の修理と E ND OR 用アンプの購入を行った。平成21年度末に導入された高感度パルス 電子スピン共鳴装置(Q- band)は平成22年10月から所内公開した。平成23年4月から所外にも公開する予定である。 特色ある測定装置の開発を目的として,平成21年度より大阪大学大学院理学研究科の中澤康浩教授を物質分子科学研 究領域の客員教授として招聘し,高磁場・極低温下における比熱測定装置の設計・製作を行っている。平成22年度に 一応の完成をみたので,中澤教授より寄稿された装置の詳細を「機器センターたより N o.3」交流欄に掲載した。平成 23年度の準備期間を利用して装置の改良を続け,平成24年4月からの公開を目指している。明大寺地区にはこれらの 物性測定装置の他に,三種のパルスレーザーシステム,波長可変ピコ秒レーザーシステム,蛍光分光装置,紫外可視近 赤外分光装置などの分光計測装置を配置している。平成22年度末にはピコ秒レーザーシステムのロッド交換等を行っ た。平成21年度末に導入した顕微ラマン装置は平成22年10月より所内公開した。平成23年4月より所外にも公開の 予定である。明大寺地区のヘリウム液化装置は修復不能の故障にともない,昨年度の予算内示を受けて更新作業が進行 している。平成22年7月17日に入札公告,8月20日に開札を行って,平成23年11月の納入を目指している。更に, 平成23年1月4日に「ヘリウム液化装置用周辺機器」仕様策定委員会を開催し,長尺ボンベ等ヘリウム液化機の周辺 装置の仕様を策定し,1月18日に入札説明会を開催した。3月22日開札の予定で,これも11月納入を目指している。
8-4-2 利用状況
機器センターは,共同利用として前期・後期に分けて年二回の施設利用を受け付けている。平成22年度の所外施設 利用件数は平成23年2月末現在で 60 件である(平成21年度は 51 件)。所外施設利用者には半期に一件あたり2泊3 日の旅費を1回支給しているが,1回で目的が達成されるような実験は非常に少ない。そのため,自費で分子研に来所 する施設利用者が多い。このような施設利用の統計を昨年に引き続き発行した「機器センターたより No..3」に掲載した。 毎年,施設利用者から送付される報告書と論文別刷りは共同利用専門委員会で回覧されるが,一般に公開されていない。 本年度より,送付された論文タイトルや雑誌名等の情報を「機器センターたより」に掲載した。
機器センターの共同利用を通して得られた成果として以下の3件を紹介する。(1)「新規自己ドープ型水素結合系有機 導体の磁性研究」この研究は早稲田大学(現在,物質・材料研究機構)の小林由佳准教授らとの共同研究によって国際 誌J. Phys. Soc. Jpn. 79, 053701 (2010) へ発表されたものである。機器センターの ESR 装置 Bruker.E680を利用して自己ドー プ型水素結合系 T T F 導体のキャリア生成の起源と電子状態およびスピンダイナミクスを多周波(高磁場)E SR 法によっ て調べたもので,自己ドーピングという新規なキャリア注入機構をこの実験で実証した。(2)「光機能性部位を有するド ナーの光誘起三重項状態研究」の研究は,大阪府立大学藤原秀起講師らとの共同研究により国際誌Chem. Lett. (in press) に発表予定のものである。機器センターの E S R 装置 B ruker. E 680 を利用して,光機能性部位を有するドナーの光誘起三 重項状態をパルス時間分解 E SR の手法によりそのスピンダイナミックスを調べたもので,導電性機能性材料の光誘起緩 和過程を世界で始めて観測することに成功した。(3)「超音速ジェット分子の波長−時間2次元分光」の施設利用は,京 都大学大学院理学研究科の馬場正昭准教授によって提案されたものを機器センターが所有しているレーザー機器を利用 して,独自の測定システムを開発して行ったものである。超音速ジェット中の孤立冷却分子を電子励起状態の単一振電 準位に励起し,そこからの蛍光強度の時間変化の励起波長依存性を正確に測定するという最高水準の分子分光研究であ り,その成果は近く論文として国際誌へ投稿される予定である。
8-4-3 今後の課題
(1).機器センターの運営委員会は,4つの研究領域から推薦された委員と機器センター職員で構成される所内委員会であ る。所所内外の施設利用者の意見をすくい上げる場として機器センターたよりの交流欄を設け,投稿をよびかけてい るが,平成22年度は所外から2件の投稿があった。この他,所内外の利用者の意見を収集するために,各機器にア ンケート箱を用意すべく準備している。今後は,機器センター運営委員に所外委員を入れることも検討する必要があ る。
(2).平成21年度より大学連携研究設備ネットワーク事務室を南実験棟一階へ移動した。実験棟耐震工事に伴ってスペー スが確保できない状況になっているため,現在使用している2部屋は機器センター事務室も兼ねている。工事が完了 する平成23年度からは機器センター事務室としてもう1部屋を確保する必要がある。これに伴い,南実験棟一階の 部屋の再配置を行う必要がある。
(3).現在,機器センターは極低温棟二階にインターネットその他が利用できる共同利用者控え室を用意している。この控 え室は極低温棟とレーザー棟にある機器を利用する施設利用者によって有効に利用されている。しかし,南実験棟に ある機器を利用する施設利用者にとって極低温棟はあまりにも離れすぎている。耐震工事終了後には,南実験棟にも 同様の共同利用者控え室を用意する必要がある。山手地区は所外施設利用者が少ないこともあって共同利用者控え室 が設置されていない。空き室はないので,部屋の再編が必要となるが,共同利用者控え室を作る努力をしなければな らない。
8-5 装置開発室
装置開発室は,分子科学の新展開に必要な新しい装置および技術を開発する事と日常の実験研究に必要な部品およ び機器の設計・製作に迅速に対応するという2つの役割を担っている。新しい装置の開発には研究者との密接な協力 体制で取り組んでおり,平成17年度からは共同利用機関の活動の一環として所外研究者からの製作依頼も受け付け るように体制を整えた。これにより,装置開発室固有の技術の維持と向上に研究者と技術者が一体となって取り組ん でいる。また,日常の実験研究で必要な工作依頼や緊急性を要する依頼に対しては加工技能を持つ短時間契約職員の 協力により対応している。この様に,装置開発室の重要な業務である新しい装置・技術の開発と日常の技術支援の両方 に技術職員が取り組んでいる。
8-5-1 独自技術の開発
機械技術では,より高度で先進的な技術を基盤として研究・開発を支援するために様々な新しい加工技術の開発に 取り組んでいる。多点計測型イオンチャンネルバイオセンサーの製作に必要な超精密金型を,理化学研究所と共同で 超精密ナノ加工機により試作を行っている。またホットエンボス加工により 10.mmの残膜部を有する P M M A基板の 製作を産業技術総合研究所と共同で,さらにニュースバルにおいて P M M A基板への直径 1.mmの微細貫通穴加工を D eep. X -ray. L ithography により試みている。さらに今年度はポジ型フォトレジストを用いたフォトリソグラフィーとシ リコンウェットエッチングによる溝幅 4.mmの微細流路形状パターンを製作し,バイオセンサー基板用の電鋳モール ドを製作した。今後これらの技術は,装置開発室の新たな研究支援サービスとして展開できるものと期待している。
従来から国立天文台と共同で行っている「脆性材料の超精密加工技術開発」も継続して取り組んでいる。これまで 行ってきた硫化亜鉛(Z nS )イマージョングレーティングの精密切削加工技術をさらに発展させ,複雑な3次元創成 加工へと展開を図るためミーリング加工によるガラスの形状創成を試み,延性加工可能な臨界切り込み量および臨界 送り速度について調査を行った。今後は脆性光学部材の非球面レンズ形状加工を試み,オプティクス製作への展開, 応用を目指す予定である。
もう一つの「小径工具を用いたマイクロ加工」についての取り組みでは,装置開発室に設置されている工作機械で は精度不足のため,サブミクロン駆動の精密フライス装置の製作を行っている。平成22年度はこの装置が完成し, 既存機械との精度比較を行いその有効性について確認した。今後は工作依頼で持ち込まれる高い寸法精度が必要とさ れる機器製作に活用していく予定である。
電子回路技術では,高速化や多機能化が進む電子回路の需要に対応するために,C P L D や F P G Aなど,プログラマ ブル論理回路素子を用いたカスタム I C の開発を積極的に行っている。東北大学多元物質科学研究所からの施設利用 である「超高速多重同時計測回路」では,従来の E C Lに代えて C P L D での開発を行い,回路の高速性と高機能化の 検証を行った。デバイスの高速化の一方では,低電圧化によるノイズマージンの低下が問題となる。今後は,高周波 回路での基板レイアウト設計の検討を行い,高速デバイスを利用する上での回路技術の確立を目指す。
また,東京大学大規模集積システム設計教育センター(V D E C )を利用したアナログ集積回路の開発技術の導入に 向け,ワークステーションを用いた V D E C . E D A環境の整備を行った。本年は,C M O S プロセスによる差動増幅回路 をトランジスタレベルから設計しチップ試作を行った。今後は,L S I の設計・製作・評価のためのノウハウを蓄積し, ユーザーの要求に迅速に対応できる体制を整える計画である。
8-5-2 設備
装置開発室の設備は,創設から30年以上経過し老朽化,性能不足,精度低下などが進み,分子研の新しい展開を 担う研究支援に影響するため,毎年,重要事項として対策の検討を進めている。平成16年度から中村所長の配慮に より設備更新が徐々に進みつつある。しかしながら,先端的な加工設備や計測機器に関してはまだ十分とは言えない。 今後さらに研究所の方針に合わせた設備計画を運営委員会等で検討していく事とする。一方,高度な加工設備は機械 本体そのものも高価であり,また設置環境を整え,維持管理など付帯経費も必要であることから,他機関,他大学ま たは民間企業を含め,すでに設備されている機器を利用する方法も検討していきたい。現在,国立天文台が所有して いる超精密加工機の利用を行っている事例もあるが,これらは,年度毎に共同開発として利用申請書を提出し採択さ れる必要があり,研究支援や速やかな対応には向かない面もある。また,新規な材料等を加工する場合には,加工条 件の探索から始まるので,長期に亘っての使用,共同利用の場合の研究内容との整合性,更には,利用料や派遣経費 などの問題がある。これらを踏まえ,研究支援に効果的な加工機器の活用を調査・検討していく。
8-5-3 共同研究の状況
・施設利用実施件数:5 件
・成果報告
研究課題名:「マイクロ波イメージング」
マイクロ波 C Tは,新しい C Tとして数理的にも医学や産業への応用研究としても世界的な研究競争が起きている。 日本ではまだ数理的研究が先行しており,実機開発が課題である。そこで,その第一歩として,核融合科学研究所の 長山好夫教授が考案したマイクロ波イメージング検出器の素子を,分子研において開発した。研究は端緒についたば かりだが,自然科学研究機構新分野創成センターのプロジェクトの一環として今後の展開が期待される。
研究課題名:「電子線コンプトン散乱の時間分解反応顕微鏡の開発による物質内電子移動の可視化」.
この研究は,東北大学多元物質科学研究所の高橋正彦教授らによって提案された時間分解反応顕微鏡のための多重 同時計測回路を分子科学研究所で開発することで,世界に類をみない,過渡系電子波動関数が時間発展する様をスナッ プショット的に観測することを可能にするものである。開発した回路は初期の性能を十分に満足し,その結果,既存 の装置と組み合わせて,電子線コンプトン散乱で生成する 2 電子を一つの検出器によって検出することに世界で初め て成功した。この回路の詳細を含めた研究成果は,現在論文として投稿中である。
研究課題名:「紫外線立体投影露光における照射光学系およびアライメントステージの開発」
この装置開発は,産業技術総合研究所の銘苅主任研究員らによって提案された投影露光システムを分子科学研究所 で設計・製作したもので,紫外線を 10% 以下の損失で反射できるように立体ミラーの反射面をl/20以下の表面粗度 で精密機械加工し,さらに既存の両面コンタクトアライナーに挿入できるようなコンパクトな設計を特徴とする。こ のシステムは円筒のような立体表面上に繋ぎ目なく微細パターンが転写できるものであり,実際の露光実験によりそ の実用性が証明された。このシステムを利用した成果を実施例として,産業技術総合研究所より特許が出願された(特 願 2009-265059)。
研究課題名:「スパッタ成膜およびドライエッチング用自動回転機能付きサンプルホルダーの開発」
このホルダーは,産業技術総合研究所の銘苅主任研究員らの要望に基づいて,分子科学研究所で開発したものであ る。これは,円筒のような三次元曲面を有する立体試料表面にスパッタによる金属膜の形成やエッチングによる膜除 去を目的とした自動回転機能付きサンプルホルダーである。当該サンプルホルダーにはバッテリー,モーター,ギア 変速機構等が外部に露出することなく搭載され,過酷な真空やプラズマ雰囲気下にも耐えられるようにドライエッチ ング耐性の高いセラミック材料にてパッケージングされている。このサンプルホルダーを利用した研究成果は,近く 論文に投稿される予定である。
研究課題名:「高輝度反射楕円回転体鏡の製作」
この施設利用は,京都大学理学部化学科の馬場正昭准教授によって提案されたものを分子科学研究所装置開発室の 精密工作機械を用いて製作したもので,これによって気体分子の微弱発光をほぼ 100% の効率で検出器に集光できる。 この機器によってこれまで不可能だった弱い電子遷移の超高分解能スペクトルの測定が可能となり,本年度の研究成 果は“ Journal of Molecular Spectroscopy, Vol. 260, 72–72 (2010)” に論文として掲載された。
研究課題名:「ヨウ化銀室温超イオン伝導性の研究」
この研究は,京都大学の北川宏教授らによって国際誌Nature Materialsに発表されたものである。分子科学研究所 装置開発室において技術開発された低次元系機能性材料開拓のための固体 N M R プローブ装置を用いて,ヨウ化銀ナ ノ粒子の伝導性について調べたもので,銀イオンの室温超イオン伝導性を世界で初めて見つけることができた。多数 の新聞報道が成された。
研究課題名:「Pd 様の A gR h 合金の研究」
この研究は,京都大学の北川宏教授らによって国際誌アメリカ化学会誌(J. Am. Chem. Soc.)に発表されたものであ
る。分子科学研究所装置開発室において技術開発された低次元系機能性材料開拓のための固体 N M R プローブ装置を 用いて,A g R h ナノ粒子の水素吸蔵能について調べたもので,A g R h ナノ合金において P d と類似の性質を世界で初め て見つけることができた。多数の新聞報道がなされた。
8-6 計算科学研究センター
計算科学研究センターは,2000年度の組織改組(電子計算機センターから計算科学研究センター化)にともない, 従来の共同利用に加えて,理論,方法論の開発等の研究以外にも,研究の場の提供,ネットワーク業務の支援,人材 育成等の新たな業務に取り組んできているところであるが,2010年度においても,次世代スーパーコンピュータプ ロジェクト支援,分子・物質シミュレーション中核拠点形成,ネットワーク管理室支援等をはじめとした様々な活動 を展開してきている。上記プロジェクトについては,それぞれの項に詳しく,ここでは共同利用に関する活動を中心に, 特に設備の運用とセンターの将来構想の検討の必要性について述べる。
2011年2月現在の共同利用サービスを行っている計算機システムの概要を図と表に示す。本システムは,「超高速 分子シミュレータ」と「高性能分子シミュレータ」から構成されている。前者は2006年7月に導入し明大寺地区に 設置され,後者は2008年2月に更新されて山手地区に設置されている。「超高速分子シミュレータ」,「 高性能分子 シミュレータ 」 は,いずれも量子化学,分子シミュレーション,固体電子論,反応動力学などの共同利用の多様な計 算要求に応えうるための汎用性があるばかりでなく,ユーザーサイドの P C クラスタでは不可能な大規模計算を実行 できる性能を有する。
まず,「 超高速分子シミュレータ 」 は,富士通の Pri meQuest と S G I の A l ti x4700 から構成される共有メモリ型スカ ラ計算機で,両サブシステムは同一体系の C PU(Intel.Itanium2)および OS(L inux2.6)をもとに,バイナリ互換性を保っ て一体的に運用される。システム全体として総演算性能 8.T flops で総メモリ容量 10.T B yte 超である。
P ri meQ uest サブシステムは,64. C P U コア /256. G B からなる S M P ノード 10 台で構成される。演算ノード間は 16. GB /s のバンド幅で相互接続され,大規模な分子動力学計算などノード間をまたがる並列ジョブを高速で実行すること ができる。A ltix4700 サブシステムは 2 ノード構成からなり,それぞれ 512. C PU コア /6. T B および 128. C PU コア /2. T B を有する NU MA型の共有メモリシステムである。さらに本サブシステムには,磁気ディスク装置 S G I. T P9700 がジョ ブ作業領域として提供され,実効容量 104. T B および総理論読み出し性能 12. G B /s を有するディスク I /O を実現する。 本サブシステムは大容量(最大 6. T B )の共有メモリおよび超高速ディスク I/O に特徴をもち,大規模で高精度な量子 化学計算を可能とする。
一方,2008年3月に導入された「高性能分子シミュレータ」は,演算サーバ,ファイルサーバ,フロントエンドサー バおよびネットワーク装置から構成される。演算サーバは,日立製作所製の S R 16000 であり,1. C PU コアあたり 18.8. Gflops の演算性能を持ち,1 ノードが 32.C PU コアと 256.GB yte メモリを有する共有メモリ型スカラ計算機である。理 論総演算性能は 5.4. T flops,総メモリ容量は 2.3. T B yte であり,一時作業領域として 23. T B yte のディスクを装備してい る。本演算サーバは,浮動点少数演算量が多い分子科学計算はもちろんのこと,高クロック周波数 C P U の強みを生 かし,従来性能が出しにくかった整数演算や論理演算を多用するプログラムも性能を発揮することが期待される。ファ イルサーバは,共同利用システム全体のホームディレクトリ等のサービスを行い,128. T B y te のディスクを装備して いる。またバックアップ領域として 60.T B yte のディスクも装備している。
さらに,2012年2月以降に「超高速分子シミュレータ」を更新するために,2010年1月に仕様策定委員会を設 置し,導入に向けた手続きを開始している。
共同利用に関しては,2010年度も 169 の研究グループにより,総数 662 名にもおよぶ利用者がこれらのシステム を日常的に利用しているが,システムの運用にあたり,世界をリードする計算科学研究を本センターから発信してい くことができるよう,特に大規模ユーザのために施設利用Sを設定している。これに従い,審査により,2010年度 は5件の利用グループに本システムを優先的に使用していただき,従来の共同利用の枠を超えた超大規模計算の環境
を提供している。また,近年,共同利用における利用者の数が増加傾向にある。このことは,計算科学研究センター が分子科学分野や物性科学分野において,極めて重要な役割を担っており,特色のある計算機資源とソフトウエアー を提供していることを示している。
計算科学研究センターは,国家基幹技術の一つとして位置づけられている次世代スーパーコンピュータプロジェク トの中で,ナノサイエンスに関わるアプリケーション開発という重要な役割の一端を担っており,分子科学に関わる 計算科学研究のナショナルセンターとでもいうべき分野拠点として,活動を展開している。この中で,本年度は計算 科学研究センターワークショップとして,「分子科学プログラムライブラリの充実にむけて」をテーマとしたワーク ショップを開催した。
また,本年度より,次世代スーパーコンピュータプロジェクトである「ナノ統合シミュレーションソフトウェアの 研究開発」と平行して,革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPC I)戦略プログラムが開始 した。その中で,物性科学分野,分子科学分野,材料科学分野が,HPC I 戦略プログラム分野2「新物質・エネルギー 創成」計算物質科学イニシアティブ(C MS I:. C omputational. Materials. S cience. Initiative)を構成し,HPC I 戦略プログラ ムを推進している。今後,分子科学研究所は,C M S I の戦略機関の一つとして参加し,分子科学分野の中核として戦 略プログラムを推進する。その事業の中で,計算科学研究センターは,HPC I の資源提供機関の一つとして HPC I 戦略 プログラムに参加する。具体的には,本年度後期より,コンピューター資源の一部(20% 未満)を提供することで協 力を開始した。
平成22年度 システム構成 超高速分子シミュレータシステム
蜜結合演算サーバサブシステム 型番:富士通 PR IME QUE S T OS:L inux
C PUC ore 数:640(64C PUC ore × 10 ノード)
総理論性能:4.096T F L OPS (409.6GF L OPS × 10 ノード) 総メモリ容量:2.56T B (256GB × 10 ノード)
ディスク容量:800GB × 10 ノード(/work)
:8T B (/week) 高速 I/O サーバサブシステム
型番:S GI.A ltix4700 OS:L inux
C PUC ore 数:640(128C PUC ore + 512C PUC ore)
総理論性能:4.096T F L OPS (819.2GF L OPS + 3276.9GF L OPS )(6.4GF L OPS /C PUC ore) 総メモリ容量:8T B (2T B + 6T B )
ディスク容量:114T B (/work) 高速ネットワーク装置
型番:C atalyst.6504
高性能分子シミュレータシステム 演算サーバシステム
型番:HIT A C HI.S R 16000 モデル OS:A IX
C PUC ore 数:288(32C PUC ore × 9 ノード) 総理論性能:5.4T F L OPS
総メモリ容量:2.3T B (256GB × 9 ノード) ディスク容量:23T B (/work)
ファイルサーバシステム
型番:HIT A C HI.E P8000/550Q(2 ノード) OS:A IX
総メモリ容量:64GB (32GB × 2 ノード)
ディスク容量:120T B (/home(37.4T B ),/week(20.0T B ),/save(37.4T B )) 60T B (バックアップ用)
フロントエンドサーバ
型番:HIT A C HI.E P8000/550Q(2 ノード) OS:A IX
総メモリ容量:64GB (32GB × 2 ノード) 高速ネットワーク装置
型番:A laxala.A X 6708S
システム構成図
8-7 岡崎統合バイオサイエンスセンター
岡崎統合バイオサイエンスセンターは,岡崎3機関(基礎生物学研究所,生理学研究所,分子科学研究所)と連携し, 新たなバイオサイエンスを切り開くことを目的として設置された岡崎共通研究施設であり,三つの研究領域(時系列 生命現象研究領域,戦略的方法論研究領域,生命環境研究領域)から構成されている。岡崎統合バイオサイエンスセ ンターに所属する専任教員は,基礎生物学研究所,生理学研究所,分子科学研究所,いずれかの研究所の教員を兼務 している。現在,分子科学研究所教員を兼務している教員は,青野重利教授,加藤晃一教授,桑島邦博教授,藤井浩 准教授,真壁幸樹助教の5名である。平成21年度〜22年度にかけては,青野重利教授がセンター長を努めている。
岡崎統合バイオサイエンスセンターでは,平成22年度から「環境分子・生体分子応答機構研究推進事業」,「生命 機能分子から生命システムの全体像にせまる統合バイオサイエンス」の2つの研究プロジェクトを推進している。
(1) 「環境分子・生体分子応答機構研究推進事業」においては,環境分子による生理機能撹乱の本質を明らかにし, 環境分子が生物へ及ぼす影響の定量予測法の確立,環境分子による生物への悪影響の低減策確立のための科学的基盤 の確立を目的として,下記のようなサブテーマを設定して研究を実施している。
1). 環境分子の受容・応答機構研究
2). 環境分子による生理機能撹乱の統合的研究 3). 生殖細胞分化機構研究
4). 細胞のストレス応答・ストレス防御機構研究 5). 生体分子による正常生理機能制御の統合的研究 6). 環境分子の生物影響に関する統合的データベース構築
(2) 「生命機能分子から生命システムの全体像にせまる統合バイオサイエンス」においては,高次生命現象を生命機 能分子の構造的側面にまで掘り下げて理解することにより,生命システムの全体像を解き明かすことを目的として, 下記のようなサブテーマを設定して研究を実施している。
1). 生命現象の機能解析(特に神経回路網形成や視覚の解析)
2). 生命機能分子の網羅的探索(特に発生・神経回路網形成に関わる蛋白質の遺伝子レベルでの解析)
3). 生命機能分子の構造・機能解析(網羅的探索で明らかにされた蛋白質(大部分は天然変性蛋白質)のうち, 高次生命現象にとって重要なもの,および,チャネル蛋白質やセンサー蛋白質などの膜蛋白質を対象とする) 4). 高次生命システムと生命機能分子の計算機シミュレーション
5). 上記の研究を進めるための方法論・装置開発
また,平成22年度には,本事業のテーマに関連し,「生命機能分子から生命システムの全体像に迫る—細胞内ネッ トワークと天然変性蛋白質」をテーマとし,主に若手研究者を対象としたサマースクールを実施した。
岡崎統合バイオサイエンスセンターは,平成22年度に設立10周年を迎えた。10周年という節目を契機とし,今 後さらに岡崎統合バイオサイエンスセンターを発展させるためにはセンターはどうあるべきかについて,3研究所と センターの間で検討を行っている。